FURTHER通信 Vol.42

みなさま、いつもお世話になっております。FURTHER代表佐野隆弥です。お客様方には、日頃より弊社をご愛顧いただきまして、誠にありがとうございます。

2019年1月より毎月執筆しておりますFURTHER通信を、せっかくなのでHPにアップしていくこととしました。稚拙な文章ではございますが、少しでも読んでいただけている皆様の、ちょっとした小咄のタネになる文章をインターネット上に書き残せれば、幸いと存じます。何卒よろしくお願い致します。

さて。

私は少し、怒っております。怒りというか、悲しい気持ちでもあります。いつになったら!一体いつになったら外れるんですか?

あれです。

はい、それです。

マスクです。

マスク着用は法律では無いですし、政府や自治体がお願いしいるだけで、公共交通機関やお店が独自ルールをつくったりしているだけで、あくまでマスク着用を推奨したりしているだけです。

コロナが猛威を振るっていた頃には、その必要感から多くの人がマスクを着用していましたが、マスクを着用しない人や、特別な事情で着用出来ない人に対して厳しい目が向けられるようになり、いつからかマスコミでは「マスク警察」みたいな名前まで付け始めちゃったもんですから火に油。

法律で定められているものではない、「暗黙のルール」こういうルールって、日本においては、ものすごーーい影響力を発揮するんだなと再認識しています。

顔パンツ

顔パンツ。初めて耳にした方も多いのでは無いでしょうか。ちょっと前に、この言葉を聞いて妙に納得したのですが、今や若い子たちの中では「マスクを外すことはパンツを脱ぐくらい恥ずかしい。」という意味合いで、顔パンツという言葉まで生まれてしまっているのだから、、もう、なんというか、かんというか、中華街といいますか。とにかくもうマスクは外しましょうよ。マスクで目元しか見えないなんて。心の壁以外にも壁ができてしまったのですね。

ここで一曲。

マスクは苦しい

単純にマスク生活に辟易としいている理由は「マスクは苦しいから」という理由以外なんでもないです。自分が子供の頃にマスクしながら秘密基地とか作っている姿なんて想像もしたくない。のですが、今の子供たち見てくださいよ。せめて、学校の先生から、行政から、中小企業の社長さんから、外してきましょうよ。ちなみに自分はこのマスクを顔パンツではなく建前マスクと呼んでいるのであります。悪しからず。

世界を見てみる。

こんな記事を見つけました。

ドイツに帰って驚いた「マスク着用義務」撤廃後の世の中の変貌ぶり

(川口マーン惠美 さんの記事です。)

 

記事を要約すると、

・3ヵ月ぶりにドイツに戻ったら、空港の構内はマスク着用が義務だったが、それもなくなっていた。

・今、ドイツでマスクが義務付けられているのは、ドイツで離着陸する飛行機内と遠距離列車の中、病院、老人ホームぐらい

・岸田首相は国民に向かってマスクは絶対に必要だと説きつつも、外国の要人と会う時には日本でも外国でもマスクをしていなかった。

・2年以上も、政府や有識者の“推奨”に素直に従っている理由はというと、それはおそらく、理不尽なことでもそれほど目くじらを立てずに受け入れてしまうという日本人特有の温和な性質に依っているのではないか

・世界の傾向を言うなら、現在、マスクは撤廃に向かっているというより、すでに撤廃されている。このままでは、日本は置いてきぼり

・観光庁によれば、入国した団体観光客にはマスク着用を徹底してもらうという。 蒸し暑い夏の最中、マスク着用を強制される日本に観光したいとおもう方々がいるのか。(インバウンドの低下)

著者さん、僕と同じ意見でした。

 

特に印象的だったのは、


久しぶりにマスクをせずに人ごみの中に出たら、開放感全開だったと同時に、一抹の緊張感もあった。この緊張感はどこから来るのかと考えて、ふと、気づいた。顔を全部さらけ出すということは、自分の行動に全面的に責任を持つということなのだ。その反対に、マスクで顔を半分隠している時は、いわば「面が割れていない」状態であり、半分匿名のような気分になる。匿名の時には緊張感はない。その上、微笑んでもどうせ相手に見えないのだから、微笑むこともやめる。人間、微笑まないと、優しさや礼儀が失われていく。この不自然さに慣れてしまえば、人間同士のつながりは希薄になり、どんどんギスギスした世の中になっていくのではないかと懸念する。


子どもたちが早くマスクを外せますように。

村八分から読み解く、日本文化

「マスクを外している人」 = 「皆と一緒じゃない人」

みんなと一緒じゃないと安心できないのが、日本的な考えなんだろうな〜なんて思っているのですが、この独特の日本の文化を少し掘り下げて見ようと思いまして、村八分について少し調べてみます。

村八分

村八分(むらはちぶ)とは、村落(村社会)の中で、掟や秩序を破った者に対して課される制裁行為であり、一定の地域に居住する住民が結束して交際を絶つこと(共同絶交)である。転じて、地域社会から特定の住民を排斥したり、集団の中で特定のメンバーを排斥(いじめ)したりする行為を指して用いられる。(Wikipediaより)

十分ある交際のうち、葬式と火事の際の消火活動の二分以外は付き合わないという意味からのけ者にすることを「八分する」ともいいました。(十分のうちの八分は、「冠・婚礼・出産・病気・建築・水害・年忌・旅行」)

 

富士宮!?

Wikiipediaを調べていくと、同じページ内に静岡県上野村村八分事件という富士宮市が舞台になった村八分の事件があったことを知ります。びっくり。

どの様な事件であったのかは、ここでは省略します。

事件が起こったのは現在の富士宮市上野地区での話だったようなのですが、この事件の主人公である石川皐月さんは、今生きていらっしゃるのでしょうか。Wikipediaに乗っていた写真は1952年に撮影されたものらしく、その写真から推測するに、今もしもご存命でしたら御年86歳くらいなのかな。と。会ってみたいな。

近日中に私の上野の先輩に話をする段取りは付けましたので、また近日中におってご報告します。同郷の者として、かなり気になる事件です。

言いたいことを言える日本であるべきだ

なんでマスクをしなければならないのか。それはみんなしてるから。きっと多くの皆さんの返答は、これなんでしょうね、きっと。

だとしたら尚更おかしいって〜!やっぱり自分はどうしても納得できないのです。この期に及んでもマスクって必要ですか?こんな自分はおかしいのでしょうか。もちろん、その場に応じて臨機応変に対応できるために、胸のポケットにはマスク常備させてますし、いつでも装着可能なのですが、なんだかな〜って思っているのは、私だけでは無いはず。

静岡県知事の発言

我らが静岡県の親方である、川勝知事は県知事として結構具体的な発言をしています。

参考サイト:知事が県内での具体的なマスクの着用方針を公表

屋外については、2メートル以内で会話をしなければ不要とし、屋内については、1人でいる時、同居する人といる時、同居する人以外でも2メートル以上離れていて会話がないときは不要

県のトップがこういう前向きな発言をしてくれたことは大変喜ばしいのですが、お上の言うことをきいいているだけでは無く、自分自身の頭で考えて行動することがもっと大切ですよね。

最後にこの曲を